|
●世界を相手に戦うJ-Power
国際舞台の中での日本の地位はどれほどの物であろうか。世界を相手にトップの争いをしている日本人はどれぐらいいるのだろうか。日本の伝統でもある格闘技の世界でもK1やプライドなどは、ほとんど外人天国となっているし、その他のスポーツにおいても世界の壁をなかなかこえられないように思う。はたして日本人ってそんなに弱いの?
いや、近年ではサッカー選手や野球選手が大活躍している。それ以上にバイクレースでは完全にトップ争いを繰り広げている。さらにそのバイク、日本製マシンの優秀さは世界中が認めてるところだ。かつてGPレースで常勝車となっていたMVレーサーはGPレース界から身を引く時に「すでに世界にMVの敵なし。1年でも早く他のメーカーチームが我々の築き上げた成果に追いつくことを望む。他のメーカーが我々のなしとげた成果をやぶらないまでは、我がMVはモーターサイクル界の絶対的チャンピオンであることを自認する。もし我々の記録が破られるようなことがあれば、我々はレース界にカムバックして挑戦する」と豪語して、1961年シーズン前にレース界から引退を宣言した。しかし、その豪語は1年もたたない同年のレースでホンダによって打ちやぶられる。その後のGPレースでは日本製マシンでないと勝つことが難しくなる。年々進化するマシンは他のメーカーが入り込めない程の熟成が進み、正に世界を完全制覇してしまう。マシンを操るライダーの方では1977年に片山敬済が日本人“初”のGP350世界チャンピオンに輝く。その後、長期に渡って日本人チャンピオン受難の時代が続くが、90年代に入りその状況も一変することとなる。1993年、原田哲也はGP250初出場の年に世界チャンピオンを獲得。続く94年、坂田和人もGP125チャンピオンとなり、今までの世界の壁がウソであったかのように日本人選手が頭角を現し始めた。1995、96年2年連続で青木治親が125ccクラスでチャンピオンになり、1998年坂田和人が再びGP125で2度目のチャンピオンとなる。2001年ではGP250で加藤大治郎がチャンピオンを獲得、と実に5人ものチャンピオン輩出するという快挙をなしとげた。
●日本でのモータースポーツの地位は?
そんな世界チャンピオンを何人も輩出し、一大センセーションとなってもおかしくない状況にもかかわらず、バイクレースにおけるマスコミの扱いは冷たい。したがって国民の反応も薄い。日本製マシンが世界を制覇しているにもかかわらず、日本人がチャンピオンに輝いたというにもかかわらず…。愚かなことだ。
元々モータースポーツが盛んなヨーロッパでは国民の関心も高く、スペインではGPレースに国王が観戦しにくるし、チャンピオンに輝いたスペイン人ライダー、アレックス・クリビーレにいたってはスペインの英雄とまで称えられている。イタリアでは日本人サッカー選手よりも日本人GPライダーはメジャーな存在で原田哲也はイタリアではカリスマ的有名人であるし、アジアのインドネシアなどではGPが開催されると新聞の一面を飾るほど関心は高い。
本来であれば一番喜んでいいはずの日本人がこうも無関心なのはなぜだろうか?。バイク=ワル、反社会的と見なされているからだろうか?。たしかにそういった一面はあるにはあるが、逆にそこが魅力的でもあるのだ。それに、クルマやバイクが日本の一大輸出産業となっていることを考えれば、日本政府が率先してモータースポーツを支援してもよさそうなものである。こんなに日本人がレース界で活躍しているにもかかわらず無関心を決め込むなんて、なんだか政府が国民に知らせないよう愚民化政策でもとっているように思えてしまう(笑)しかし今年に入ってGP250のチャンプ加藤大治郎が、文部科学省「スポーツ功労者顕彰」をモータースポーツ界では初めて授かった。この「スポーツ功労者顕彰」は、過去にも、マラソンの高橋尚子、女子柔道の田村亮子など、オリンピックメダリストらもいるという名誉あるもの。ようやくレーサーも偉業に対する正当な評価を与えられたように思われる。今後も強く期待したい。
|
★Moto GP海外事情
海外でのMoto GPでは、レース期間中、街全体が昼夜を問わずにお祭り騒ぎとなる(特に欧米)、確かに宿を見つけるのは難しいが、各地からやってきた観客の多くが一緒にキャンプするなど、モータースポーツ好きな人間のコミュニティーと化し、観客は、夜通しエンジンを吹かし、花火が上がり、エアホーンも鳴らしての毎日がお祭り騒ぎとなる。レースのチェッカー後となるとコースやピット前にも、たくさんの観客が押し寄せてくるほど盛り上がってしまう。さすがモータースポーツ発祥の地といった感である。さらに、主要都市との間の高速道路はなんと無料となる(イタリア、フランスなど)。これは、お得な情報というよりもヨーロッパでは当然として考えられており、こういったところにも日本と文化の違いがあらわれている。
|
|